京丹後の歴史について

京丹後というと「雄大な自然」や「海の幸」を思い浮かべる方も多いと思いますが歴史に目を向けてみると大変興味深い史跡がたくさんありますので、紹介させていただきたいと思います。

函石(箱石)浜遺跡

司馬遼太郎の小説「項羽と劉邦」で有名な劉邦が約2200年前に中国に建てた「漢」王朝ですが、この漢王朝はじつは途中で王莽によって建てられた「新」王朝にとってかわられており、前漢・新・後漢に分かれています。
この新の時代(8年~23年)に発行された貨幣が実は、夕日が浦温泉にほど近い函石(箱石)浜遺跡から出土しています。この函石(箱石)浜遺跡からは王莽の貨泉だけではなく、漢よりもさらに前の周の時代の刀銭も出土しており、この地域一帯がが大陸との交易していたことを表しており、古墳時代には独自の王国があったという説もあります。旅館浜乃屋のある浜詰海水浴場のお隣の箱石海水浴場のすぐ近くに「国指定史跡函石浜遺物包含地」の看板がありますので興味のある方はぜひ足を延ばしてみてください。

凾石浜遺物包含地

網野銚子山古墳

丹後地方には網野銚子山古墳(京丹後市網野町)、神明山古墳(京丹後市丹後町宮)、蛭子山古墳(与謝郡与謝野町加悦・明石)があり、日本海三大古墳と呼ばれています。
そのなかでも網野銚子山古墳は京都府において最大規模の古墳で古墳時代の中期に建てられたものと推定されています。ちなみに京都府でも1位ですが、日本海側でも最大規模の前方後円墳となっています。
旅館浜乃屋から車で20分ほどの距離にありますので興味を持たれた方はぜひ足を延ばしてみてください。そこからさらに20分ほどの距離にある丹後古代の里資料館(http://www.city.kyotango.lg.jp/museum/kodainosato/)にはこの古墳から出土した埴輪も展示されています。

丹後王国論

古墳時代に、この地域にヤマト政権とならぶ独立国があり、日本海を通じて外国との交易が頻繁にされていたとする説があります。すこし専門的にはなりますが東京大学出版会から門脇禎二著『丹後王国論序説 日本海域の古代史』という本も出版されています。この発想のもとになった【環日本海・東アジア諸国図】はいまの日本地図を180度ひっくり返して中国やロシアの沿岸から日本海をみたユニークな地図もあります。実際にこの地図を見てみると丹後半島が日本海を通じて世界とつながっていることがよくわかります。 この地図をみながら京丹後に多数ある古墳群を巡って、古代に思いをはせてみるのは如何でしょうか?

 

環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)の掲載許可、販売について

http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html